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日本での小学校や中学校における義務教育について

今では誰もが通るべき道である日本での小学校や中学校の教育現場では義務教育と言っていますが、これは誰が誰に対して義務を負うのかということをしっかり理解する必要があります。最初に想定されるのは、子供を持つ親が子供の将来のために初等教育を受けさせる義務を果たすというものでしょう。今の日本では読み書きや計算など一般的な基礎教育は仕事や社会生活を送るために必要となるので、子供が堅実に社会に出るためには、親が教育を受けさせることが責務になります。

再々勘違いされるのは、子供は学ぶのが義務であるため義務教育だと称されることがありますが、基礎的にはこれは義務教育という概念には当てはまりません。言うまでもなく、親が子供に勉強を教えるにあたり、将来の目標の義務だという方針で勉強をさせることはあるでしょうが、社会定義的にこのような事項は義務教育という国の政策が示すものではありません。

義務教育は先進国だけのものではなく、古くスパルタの時代にも義務教育に非常に似た制度が存在していました。

現代でも日本だけでなく世界中で同様の概念が存在しますが、その、そもそもの目標は国の発展のために基礎教育を充実させるというものでした。スパルタの例では理解が容易でしょうが、他国とのバトルや自国内のポリティックスなど高度な教育を受けた国民が必須でしたので、国家が続くためにも義務教育が不可欠だったのです。

このような思想は古代国家特有のものではなく、日本も本質的には民主主義や資本主義の必要事項として義務教育がそこにあります。

民主主義では個人が理性的で適当な判断を行い、投票行動を行うというのが制度の常識なので、当たり前の事ながら国民の教育レベルは国の行末を決定付ける政治に大きく影響します。もっと言うと国の生産性を考慮しても、個人の教育水準の高さは十分影響します。

このように国の発展や安全のために大事となる義務教育なので、公立小学校や公立中学校というものが税金で存在出来るのです。